東日本大震災、被災者の現状

東日本大震災、被災者の現状

2011年3月11日から現在までで、出来る事、知っておきたいことなど…

東日本大震災、被災者の現状

完全な復興とは・・

何が一番問題か

記憶と記録

東日本大震災が起きたという事実に対して、度々見かけるのは震災に対しての『悲しい記憶が薄れて来ている』という意見だ。被災した人たちも少なからずそう感じている部分もあるかも知れないが、あの時のことを完全に忘れている、という人が果たしているのだろうか。地元で酷も無残なほど蹂躙されてしまった人たちは例外ではなく、その他関東において大きな被害をもたらしたあの日を忘れてしまう、なんてことが本当にあるのか。

筆者はあの日のことを話せと言われたら発生してから一日の終りまで良く覚えているし、話せと言われても鮮明に話せる。被災地の現状とは比べ物にならないものの、関東一帯であらゆる交通機関が麻痺してしまい、挙句公共機関の要でもある電車が終日運休となってしまい、その日は歩いて帰らなくてはならなかったこと、帰宅後に両親がなんとも無いか確認するだけでも大わらわで、とにかく自分たちのことで手一杯だった。被災地がどんなことになっているか初めて知ったのは夜、それこそようやく電気が復旧した時間帯にテレビを見て、今東北の方で何が起こったのかという現実を直視したのだ。

忘れている、薄れている、などと語る人を見ると確かにそうかもしれないという人もいうが、そんなことはないだろう。積極的に話そうとする人はいないかもしれない、ですがそのとき何があったのか綺麗サッパリ記憶から消去する人もいるかもしれない、でもそれは一時的なもので不意にフラッシュバックのように蘇るケースもある。

忘れる薄れるというのはあくまで主観的な意見でしか無いとつくづく思う、そもそも悲しい記憶を忘れるのは人間にとって自分を守るためのセーフティでもあることを踏まえれば、仕方のないことでもある。ですが刻まれた記録だけは消えることはない、それを見る度に何があったのか思い出せる人はいくらでも湧いてくるはずだ。

防災意識を風化させてはいけない!
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朧げになるだけ

人は悲しいこと、苦しいことといった感情を伴った場合、安全装置が起動する仕組みだ。それこそ忘却という手段を行使することによって自分を守ろうとする行為に入る。これは悪いことだろうか、もちろんただ忘れるだけではダメな場合もある。こうした歴史的事実について自分勝手に改変しながらあたかも当時何も知らないと振る舞ってしまえば反感を買ってしまっても仕方がない。ですが記憶として消去した先に、そこから学べるものを学びながら次へと繋げられれば一歩前進できる。

被災地で避難生活を強いられるようになった人の中には懸命にあの日あったことを忘れようと努力した人もいるはず、そうしなければ自分という人格そのものが破綻してしまいかねないほど、大きすぎるダメージを受けてしまった人はごまんといるはず。忘れないで、あの日のことを鮮明に覚えるようにしなければならないという人もいるかもしれないが、辛いことをいつまでもリフレインするというのは、それは自分で自分を追い詰めること担ってしまう。

震災があった事実はどうあっても消すことは出来ない、そして被災したという体験もなかったことに出来る、なんて都合の良い話はない。忘れる、薄れると述べる人はこの点を蔑ろにしている気がする。印象に残る記憶、それこそ記録として刻まれてしまうほどの強烈な体験を忘れる事は出来ないものだ。東日本大震災のような過去最大級と称される大地震を経験して、そんなことあったかと呆ける人がいれば、日本人と言っても西日本などの遠い場所で影響を間接的に受けた人くらいなものだ。

覆らないことはたくさんある、その中の1つとして挙げるなら東日本大震災は人々の記憶ではなく、記録という半永久的に消されることのないものとして刻まれている。一時的に忘れているだけで、不意に何かしらの影響を受ければ鮮明に思い出す、そういう風にしているだけなのです。

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被災地の人々の感情として

こうした感覚は被災地の外、つまり県外に住んでいる人々に向けられた話だ。現在進行形で被災地で暮らしている人々にすれば進まない復興と、いつになればまともな生活を営めるようになるのか、そんな不安ばかりを日々募らせている。被災地の現状がどのようなものなのかは先述述べたとおりとなっていますが、それ以上に被災地で暮らす人々にとって外部の人達から見た、被災地の状況で誤解しないで欲しい、もしくは一番問題だと感じている点について挙げている。

そこから見えてくるのは被災地ならではの問題であったり、復興と同じくらいどうにかしなければならない問題をこの先どのように取り組んで欲しいのか、そんな嘆きが聞こえてくる。