東日本大震災、被災者の現状

東日本大震災、被災者の現状

2011年3月11日から現在までで、出来る事、知っておきたいことなど…

東日本大震災、被災者の現状

完全な復興とは・・

女川町の現実

被災地の中で一番由々しき状況にある

東日本大震災での被害で特に名前が連日上がっていたのは『南相馬市』・『気仙沼市』・『石巻市』といったところだろう。これらの地域も現状少しずつ回復傾向を見せ始めてはいるものの、先に紹介したように復興状況として公共インフラについては全くといっていいほど完遂までの道程が遥かに遠い。産業が回復すれば経済状況も安定すると思うかもしれない、雇用されれば働き口も出てきて以前となじような生活を取り戻せる算段も見通しが立てられるかも知れない。

だがそれすらも出来ない、そもそもこれからどうやって生活していけばいいのかすら計画することも出来ないという状況だったら、進退窮まってしまうのは言うまでもない。現在まさにその状況に陥っているのが『宮城県女川町』だ。宮城県の中では最大の漁港が展開しており、宮城県の水産業という側面でも重要な役割を担っていたこの町もまた海沿いの地域を始めとして多くの被害をもたらした。人的被害は勿論、物的被害についても付け足せられないほどこの町にかつて存在していたあらゆるものを飲み込んでしまう。残されたのは更地だけ、しかし瓦礫を撤去するのに成功しても地盤の影響からかすぐにインフラを回復させるための工事を開始できないという。この状況が各地で発生しているために公共インフラは計画こそ進行しているが、進捗状況については停滞に停滞を上塗りするよう遅れが出てしまっている。

この町が故郷だった人もいるはずだ、ですが現状ここで生活していてもいつ自分たちの暮らしを取り戻せるかわからないと判断した人は、やむなく立ち去る決断を下さなければならない。それが出来ない人もいる、そういう人たちにとって復興は早く完了して欲しいと願われているが、そうなるまでにあとどれほどの時間を費やせばいいのかと、途方に暮れているだろう。それだけではない、他にも女川町から見えてくる問題は、他の被災地も人ごとではない問題点として浮き彫りになる。

防災意識を風化させてはいけない!

見通しが出来ない問題

交通機関

始めに注目したいのが生活していく上で重要な公共機関の1つである交通機関の復興だ。女川町ではつい最近ようやく路線が復旧までこぎつけられたという。しかしそれも2015年になってから、4年間懸命な復興作業をし続けてようやく来たといえば、復旧までの過程をこなす道程がどれほどのものだったのか理解できるだろう。それまで電車が動いていない状況で、移動手段は自家用車や自転車などしかないとするなら、当然お年寄りや10代の学生にしてみれば何処へ行くにしても手を煩わされる羽目に張ってしまう。

ですが女川町の場合はまだ良い方なのかもしれません、被災地の中にはいまだ公共機関の復活そのものの見通しが立たない路線もあるため、そこと比べるとよくここまで回復したと素直に褒められて良いレベルだ。瓦礫はなくなっても線路作りから始まって電車を動かすために必要な施設の建設など、やることが積み重なっている。インフラそのものの回復スピード、元より地盤の問題をいかに解消するかが今後の復興を左右するのだと、改めて痛感させられる。

人口の面で

震災を受けた地域、この女川町のような地方都市で静かな暮らしを営んでいた人たちにすれば、今までのように生活できる日がいつ来るか分からない。家族を持っている人は、家族を頼って生まれ故郷を離れる決断を下す人もいるはず。断腸の思いかもしれないが、そうでもしなければ自分がまともに生きていけないからだ。ですがそれも出来ない高齢者は進行しない復興を待ち続ける選択を取るしか無い。

こうした点から女川町のように全体的な人口が減少している反面、高齢者や障害者などの人々は増え続けているという反比例な状況が形成されるなど、決して良い流れではないものが明確に出てきてしまっている。そうなれば必然と公共インフラが整わなければ生活をしていくことが出来ない、地域の人々が連携してといっても限界がある。復興が進まないことで被害を受け続ける地元の人達の深刻な状況は年々、むしろひどくなっているのかもしれない。

まだまだ必要です!あなたの支援!

生きていればどうにかなる、という年齢でもない

被災した地域の人々、その中でもまだ年齢的に若年の世代に当たる人たちであればやり直し、と言う選択肢を選ぶことも出来るかもしれない。ですが高齢者、それも障害や病気を患っている人にとってやり直しなどと悠長なことを言っていられるような余裕は何処にもない。五体満足に動かせるのであればどうにもでもなるだろう、ですがそれでも無理をすればいつかは肉体的に何らかの病気を患ってしまうかもしれない。心の余裕もいつまで均衡を保っていられるかも分からない状況下にある中で、被災地の状況は解消されるどころかより大きな問題を内包しつつあるように見えてしまう。