どこまで復興したのか 東日本大震災、被災者の現状

東日本大震災、被災者の現状

2011年3月11日から現在までで、出来る事、知っておきたいことなど…

東日本大震災、被災者の現状

完全な復興とは・・

どこまで復興したのか

公共施設などの復興率

東日本大震災の被災した場所、そこで被災した人々にとっては最悪の事態に巻き込まれたといっていいだろう。それこそ全てが無くなったと言えるくらい、何もかもがかつてあった原型を留めること無く灰燼と化した、そう表現してもおかしくないほどに惨状が広がっていた。被災した当日、色々な話が流れこんできたものだ、命を賭して津波が近づいていることをアナウンスし続けた市の職員は最後まで声を震わせながらもアナウンスを継続して、一人でも多く救ったものの自分が亡くなってしまったという話も出てきた。

人としての勇ましさを発揮した方も震災時にはいる、しかしそれも終わった後になると何もかもを投げ出したくなるような光景がそこには広がっていた。考えてみてください、いつも通りと思っていた風景がものの一日経っただけで瓦礫だらけの大地が広がっている状況を。それを見て絶望しない人などいるはずないだろう、むしろ何もかもやる気が無くなってしまって、どうしたらいいのかも分からないと立ち尽くしてしまうかもしれない。

けれどそこで立ち止まってもいられない、生き残ったならそれに値する行動を起こさなくてはならない。何より一日でもいいから早く元通りの生活を取り戻したいと願ってやまなかった人も多かったはずだが、その願いを無事実現できた人というのは多くはない。それは震災した土地の復興状況が物語っていると言っても過言ではない。

防災意識を風化させてはいけない!

復興状況

復興するためには今までの生活地盤を回復できるようにしなければならない。その土地ならではの一次産業を始め、公共施設の利用ができるようになるまでに建物そのものを回復できるようにと、やることは目白押しだ。ですが被災地となった場所は原子力発電所があったため大規模な被害を被ってしまい、大量の放射線が周辺を汚染するという状況まで作り上げてしまった。一時期はチェルノブイリと同じように放棄されてしまうのではないか、なども言われたが少しずつではあるが回復の兆しは見え始めている。

ですがそれでもまだまだだ。それこそ産業についてはかつての隆盛を取り戻しつつあるものもあれば、いまだ数値として見ればかつての姿には程遠いままとなっているものもある。

  農業 水産業
岩手県 101%まで回復  
宮城県 99%まで回復 69%まで回復
福島県 85%まで回復  

農業、それこそ放射能によって土壌汚染の深刻な被害を被ることのなかった岩手県や宮城県ではこの数年でここまで回復出来たが、やはり福島に至ってはまだ90%の壁を超えられないのはかなり苦しい。とりわけ対策をより考えていかなければならないのは、水産業の方もだ。こちらは三県を合わせた上で主要な取り引き場となる市場の合計が全体の70%手前というのは、進捗状況は決して褒められたものではない。

今では被災地がどうなっているのか報道される機会も減ってきているため知らないことも出てきているが、現実問題で考えればあれだけの被害を出した大震災での復興は簡単ではないのだけははっきりと理解できる。

まだまだ必要です!あなたの支援!

公共インフラの復興

産業についての数字はまだいい方だ、冒頭から物凄く悲観的な言葉を述べているがその通りだからだ。確かに産業という県の財政基盤を担う事業が回復傾向に上昇していけば希望が見えてくるが、それでもそれら産業を動かすためには人的資源がきちんと稼働していなければ話にならない。人間は生活するための施設も同時進行で復旧は進められているが、その状況は決して芳しいものではない。この数年という時間でも解決する兆しが見当たらない状況にあるのだ。

公共インフラとはいわゆる、水道屋下水道などの管理をする施設やその他医療施設などもその中の1つです。学校機関なども当てはまりますが、それらは計画そのものはきちんと立てられ、さらに着工に至っているものも多くあるが、完成に至った施設は全体のほんの2%程度しかないのだ。産業が復活していれば働き口に困らなくて住むかも知れない、ですがそれ以上に病気となったら診療してもらえる医療機関が側にないと病魔に蝕まれてしまう。中には持病を抱えている人もいると考えれば、公共インフラの復旧は最優先事項のはず。ですがそれも進行スピードという点を見ると、決して楽観視出来ない。

遅れれば遅れるほど

公共インフラに限ったことではないが、復興計画の進行が遅れれば遅れるほど被害を被るのは誰でもない、被災者だ。震災前ならいつでも受けられたはずのサービスが受給できず、病院に掛かるにしても県外まで足を運ばなくてはいけないという状況が継続することとなる。また仮設住宅での生活からも解放されない、いくら避難所での生活よりはマシと言ってもやはり生活空間とすれば不十分さが否めない。復興計画は決して怠っているわけではない、ですが着実に進行させるための準備が予想以上に段取りに段取りを要さなければならないほど、災害の爪痕は深く刻まれてしまっている。