東日本大震災、被災者の現状

東日本大震災、被災者の現状

2011年3月11日から現在までで、出来る事、知っておきたいことなど…

サイトタイトル

完全な復興とは・・

    東日本大震災から4年

    歳月は流れ

    時間の流れは本当に早い、2011年3月11日からすでに4年が経過したと言われて実感する人もいるだろう。今年もその日も迎えましたが、個人的には忙しさに当てられて当日だということをすっかり忘れていたかも知れません。勿論完全に忘れたわけではない、その日何が起こったのかは今でも鮮明に思い出せる。そもそも、被災地でなくても実際にある程度の被害を受けた人ならば忘れることなど出来ないはずだ。忘れてはならないのは間違いない、ですがそればかりを気にして生活しては何も出来なくなってしまう。悲観的な事実に苛まれて月日が過ぎれば、その分だけ時間を無駄に浪費したと思ってしまう、無駄にならないよう今を生きてあの時何があったのか忘れず覚えているようにする、これが一番の理想形ではないだろうか。

    どんなに最悪が起こっても、その一瞬が過ぎ去ってしまえばすぐに普段通りの生活をこなさなくてはなりません。避難所で生活していた人にすれば、ある程度の復興が進行するまで心身ともに追い詰められていただろう。しかしそれは被災地ではない箇所でも同じことが起こっていた、当時勤めていた勤務先のビルでは建物そのものに深刻なダメージを受けてしまい、何日か出勤できなくなってしまったということも経験した人もいるはず。遠く離れた関東地方でも食料の問題などによって人々が煽られ、問題が問題を呼び起こしていて混乱を極めていた。

    あの時を今はどこか懐かしく思うが、昇華されていいものではない。現実を見ることは大事だ、それこそ数えきれない人が死んでしまい、中には遺体が現在まで見つかっていない人、家族の元へ帰ることも出来ずにどこかで命を落としてしまった人さえ存在している。生き残った人たちにはそれから先を生き抜いていかなくてはならない、ですがそれをするためにはやはり最低限の復興支援が継続的に行われなくてはどうにもなりません。なにもないところから始めて、という気力を持つようは被災者に求めるのはあまりに酷だ。あの惨劇を目の当たりにすれば、心労を患ってしまい外に出られなくなってしまう人もいるはず。その人達にもきちんとした対処や援助は行わなくてはならない。

    あれから4年という、もうそんなに経ったのかと感傷に浸るところですが1460日間という時間の中で被災地、そして被災者の現状は何処まで回復しているのだろう。

    一歩前進し、一歩後退の繰り返し

    復興事業について簡単に述べると、『一進一退』という状況がとても良く当てはまっている。被災してから1年~2年ほどで元の生活を取り戻せた人もいるだろう、ですが反面には4年が経過したとはいえほとんど回復していない人もいる。生きるという反動力の違いなどもあるが、元より高齢者が在住している割合が多かった地域だったこともあって、彼らにすれば老後静かに暮らしていくための準備が全て整っていた中で、全てが津波という暴虐に飲み込まれてしまったのだ。取り戻そうという意欲より、呆然自失という状況に苛まれても仕方のない状況でしょう。

    時間が全てを解決してくれるというが、そこまでのプロセスに至るまでには自発的に行動しなければならないという側面があることを忘れてはいけない。動けば何とかなる、そんな前向きな思考ができるのはまだまだ身体に余力が残されている40代から60代未満までの人に限ってのこと。65歳以上の人でも働きたいと願いながらも希望が叶えられないほど、心的ダメージを被っていた場合には動くこともままならないのです。

    復興は着実に進行しています、人であれ土地であれ、行政なども確かに回復の兆しを見出しつつあります。ですがそれもまたほんの一筋でしか無いのです。被災地、と総合的に見ても全体的な被害の大きさは変わりないが、やはり海沿いの住宅と海岸線から遠く離れた場所に住宅を構えている人では天と地ほどの差がある。大地を飲み込むように押し寄せる津波の激しさ、誰一人抗うまもなく飲み込まれていくそれは、ただただ絶望の淵へと落とされるような気分になる。映像を見た筆者は、何を見ているのだろうと自分の眼球が記録している内容を一瞬理解できなかったほどだ。

    全てが過ぎ去った後、残された場所にかつて自宅があった場所は瓦礫の山になっている場合とかろうじて損壊を免れて少し掃除すればまだ住めるという人、果たしてこれは天秤として釣り合う条件だろうか。放射線などの問題もあるかも知れないが、避難生活を強いられている人の中には金銭から自宅、さらには家族さえも失った人もいる。生きるために出来る事をするなどとキレイ事では片付けられない現実が、被災地にはいまだ大きな爪痕として残され続けているのです。

    避難者の状況

    震源地にて被災した人、彼らにすれば生きている方が奇跡だったと思うことも少なかったはず。あの時岩手や宮城で起きた事実は忘れようと思っても忘れられるものではない。いくらこの地に住んでいないとはいっても、映像を目の当たりにすればそのまま映像は眼球に直接焼き付けられるように記録した人もいるはず。リアルにその場面を目撃した人にすれば心的外傷を負ったとしてもやむをえないだろう。

    そうした災害にてかろうじて生き残ることが出来た人々は自宅へは帰れない人も続出し、そのまま避難所にて一時的な共同生活を送ることとなる。その様子をテレビでも連日報道されていたが、その光景を見ているだけで胸が締め付けられるような苦しい思いに苛まれた。彼らにとって行く宛もない状況で動きまわることも出来なかったため、避難所での生活を継続していかなくてはならなかった。

    避難した人の数、それは年を減る事に減少傾向を見せて行くことになるが、それでもまだまだ現状打破が出来ているとは言えない状況だった。

      全体 避難所 住宅など
    2011年3月(発災三日目) 47万人 - -
    2012年12月 321,433 159 305,048
    2013年12月 274,088 0 259,916
    2014年2月13日 267,419 0 -

    こうしてみると、1年以上前でまだ26万人以上の人が避難生活を強いられていることを理解できるだろうか。さすがに避難所ではない、ある程度プライベートな空間が保てるプレハブの仮設住宅が建設されたことで、差し当たって問題となっていた点については少しずつ解決していく。

    ですがその後復興の進展についていうなら、決していい方向へと転んでいるとは言えない状況が常に進行しているとなったら、話は別だ。また避難生活と言ってもそれを気に今まで住んでいた土地から離れてしまった人も少なからずいる、仮設住宅でいつか自分の住んでいた家に戻る、そう願い続けている人たちの思いがいつ叶うかも見通しが立たないまま、無為に時間だけが経過するばかり。あの日から何かが改善されたという確証、それを抱いている人はいるのだろうか。

    これからの進展

    復興作業は現在進行形で行われ続けている、しかし進行スピードにしろ、被災地にいる人々のフォローにしろ、やることが沢山ある。そうした全てを解決、とまではいかなくても地盤が安定するまでフォローしなければ今後も状況は変わらないだろう。ですが何も復興作業そのものが停滞している、停止してしまった、などといった事があるわけではない。では現在までどの程度復興は進行しているのか、その辺のところを見てみよう。